おとといまでの私にわからせるためのブログ

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隠蔽される搾取のシステム-サイモン・フジワラ「ホワイトデー」展について


サイモン・フジワラは、イギリス人と日本人の間に生まれたハーフで、ゲイで、1982年生まれの比較的若手の現代美術家です。
絵を描いたり彫刻を彫ったりするというよりは、レディメイド:既製品を持ってきてそのままポン、と置くタイプの作品を作る人です。

ホワイトデーが、バレンタインデーやハロウィンなどの外来の催事とは違くて、日本の企業によって独自に作り上げられたイベント、というのは有名な話だとおもう。

恋人や親しい人に愛や日頃の感謝を伝えるバレンタインデーも、日本では製菓会社のマーケティングによって、チョコレートを添えて「女性が愛を伝える日」として、小学校からビジネスシーンまである意味大イベントですよね。
「義理チョコ」や「友チョコ」も日本発の文化なのだそう。

サイモン・フジワラが今回の展覧会のタイトルに採用した「ホワイトデー」は、バレンタインデーにもらった愛や感謝をお返しするための日として作り上げられた日。
悪く言っちゃえば、愛や感謝を金銭として搾取するシステムです。
 
そして、この展覧会で見られるモチーフはほとんどが、「ホワイトデー」と同じ「意味が消えるほどに繰り返された」ものたち。


例えば、そのひとつとして、フジワラは、展覧会場の床のいたるところに硬貨を置きます。
例えば硬貨が、床や地面に落ちているとき、わたしたちは普通どうするか。
拾って持ち主らしき人を探すか、機嫌がよければ交番に届けるか、そのまま自分の財布に入れてしまうかも。

でも美術館の床に置かれた硬貨に対しては、そこが、さっきの地面と地続きでも、わたしたちは拾ったりしません。

硬貨は美術館においては、貨幣経済のシステムの中で失われたその、超細かくて、美しく精緻な彫像としてのコインの姿を、他の作品と同じように眺められることができます。
 


そして、《不死鳥三部作》の鷹の像も同じ。
権威の象徴として、王朝や貴族のアイコンとして使われた鷹はそのうち、「ナチスの」権威の象徴として採用されます。

でも戦後になるとナチスを思わせるとかで、鷹狩りか!ってな感じでナチスに関係あろうとなかろうと削り取られたのだそうです。

ほとんど削り取られて見えなくなっちゃった鷹は、繰り返しによって意味がすり替わっていって次第になくなっちゃった姿なのです。


そして、この展覧会のなかで、もっとも存在感とメッセージを放ってるのが、《レベッカ》です。  

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レベッカ》は2011年のロンドンの若者による暴動で検挙された少女・レベッカが更生プログラムに参加したドキュメンタリー映像と、そこで体験した兵馬俑の技術で型取りされた彼女そっくりの石膏像で構成されています。

彼女は、更正プログラムのなかで、彼女やその暴動に参加した若者がよく着るようなスポーツウェアの生産工場の見学にいって、そこで働く同い年の中国の女の子と出会ったのだそう。

会場にあるレベッカは、自分たちの着ている服と同じように大量に複製されているものですが、なかには、壊れてばらばらになったものも何体かあって、会場にごろっと転がっていたりします。

人型の像が首だけになってたり、手だけ、足だけ、となると普通ショッキングな印象がするものだけど、大量生産された衣服の一着一着の意味のように、い〜〜〜っぱいのレベッカがいることで、わたしは、少しの壊れたレベッカにあんまりショックを感じられなかったのですが、
大量生産はこうゆう風に感覚を鈍くしていくものなのかもしれません。
 
 
順番が前後しますが、この展覧会の一番はじめには、《ホワイトギフト》という作品があります。
この作品はハイブランドのショップ袋を思わせるような白い紙袋に毛皮が入れられた作品です。

消費の象徴としての紙袋に入れられた毛皮はその一部しか見えないから、それが毛皮のコートなのか、まだ生地でしかない毛皮なのか、それとも動物そのものが入っているのかわからない。ひょっとすると、それが動くのかもしれないとさえ思うくらいです。

毛皮を着ることでリッチであることとか、セレブであることをアピールできるし、ファッションアイテムとしてかわいいけど、そういうステータスが、動物の命を搾取してなりたっているってことを、フジワラの作品からは感じます。

今回の「ホワイトデー」展ではそれ以外にも毛皮がたびたび登場します。
《驚くべき獣たち》では、毛皮のコートを作るときに職人が毛皮の裏に記した動物の健康状態やメモ、異なる形を持つ小動物の毛皮を見事に繋ぎ合わせている様子を、毛皮の毛をすべて刈り取って額に入れてそのパッチワークを見せています。
職人さんが実際に毛皮のコートを作る様子も。

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この作品をみていて、職人さんたちの技術力と執念にもびっくりするけど、その職人さんたちも、セレブと変わらず動物の命を搾取して生活してんだよなあ、と思います。

毛皮を高度な技術で繋ぎ合わせ一着のコートとすること、そしてそれを着るということ。
誰が「驚くべき獣たち」なのか。。。?


 
と言いつつ、わたしは会場の東京オペラシティギャラリーには、ダウンジャケットを着ていったのですが、このことで、図らずもこの展覧会を最大限に体感することとなった気がします。

帰りがけに袖に腕を通しながら、ダウンもまた、毛皮と同じような搾取から作られるものだということを思い出さずにはいられませんでした。

だからあえて今展には、ダウンや革製品、そして毛皮を着て行くのがおすすめ。
展覧会場内でそれを羽織っていれば、居心地の悪い思いができるだろうし、あるいは、出口でコインロッカーに預けた上着を受け取るときに、時限爆弾のようにビターなメッセージがあとから効いてくることでしょう。。。

サイモン・フジワラのホワイトデーのギフトは搾取のシステムを突きつける苦ーい贈り物かもしれません。


東京オペラシティギャラリーで3月27日までです。



ぜひです。