おとといまでの私にわからせるためのブログ

写真のことと、美術のこと、あと好きなことについて。私にわかるように書いてます

メシマズ写真的絵画の快楽 - 「五木田智央 PEEK A BOO」展について

 

こんにちは!

今日はオペラシティで開催中の「五木田智央 PPEKABOO 」展についてです!

 

さて、この五木田さんの絵といえば、テイトウワのアルバムアートワークなんかにも使用されたりしているし、ファッションや音楽などアート以外のさまざまなカルチャーと親和性があって、とにかくおしゃれ。

写真っぽいけど絵画だとわかる、現代的でキャッチー。かつシュールで少し不気味な感じ。五木田さんのイラストのTシャツとか着てたらちょっと一目置かれそうなグッド・サブカルチャー感があります。

 

さて、そんな五木田さんの個展「PEEK A BOO」展について、美術批評家の黒瀬陽平さんが東京新聞に寄せた展評が話題です。

 

 

とても厳しい意見を寄せていますよね。

だけど、実はわたしも今回の展覧会に、五木田さんのことを理論的な後ろ盾まで含めて実感し理解することを期待していたので、実際、展覧会を見たことによって五木田さんに関する理解が深まった、とは言えなくて、ちょっと不完全燃焼でした。

展示を見に行く時って、自分が発見したい気持ちもあるけど、やっぱりなんらかの知見が示されたものを見に行ってるところもあるからね〜。

 

展覧会のなかでネオ・エクスプレッショニズムとか、リヒターとかからの影響やそれをどのように乗り越えているかとか、そういうことはやっぱりわからなかったし、確かにおしゃれな感じはするけど、それが美術史的になにかを乗り越えたのかっていうとわからなかった。(絵画をみるということはそうした歴史や文脈からの影響を考えることでもあります。)

「見た目にも超かっこいいけど、実は論理的にここがいいんですよ!」という強い意思のようなものが見えなかった。

 

 

じゃあおまえは何書くねん書いてみろやって話ですが、

今日は、「写真的」とも言われる五木田さんの絵画について、写真(教育)の近くにいる人間として、どんなふうに楽しめるかなーということを考えていきたいと思います!

 

さて、ちょっと前に「メシマズ写真」がネット上で話題になったことがありました。

被写体となった料理じっさいは多分おいしいかもしれないんだけど、写真がなんかどうもうまくいかなくてめっちゃマズそうに見える....ってやつですね。

 

matome.naver.jp

 

五木田展を見ていて思ったのは、「メシマズ」ならぬ「女マズ写真の絵画」って感じがするなってこと。(イケてないって意味じゃないです)

 

突然ですが、今回の展覧会のなかには、これからぶつかり稽古がはじまるんだな、という感じの絵画が何点かありましたよね。(恋人や配偶者じゃないひととの性的な接触のことをぶつかり稽古と呼んでいました、大学生のとき。)

それは男性から女性を見る視点で描かれていたり、第三者としてそういうことが始まりそうなふたりを見つめる視点(なにかのワンシーン?)だったりしていました。

だけど、なんか、ドキドキもしないし、グッとこないし、ムードとかもあんまり感じない...。

 

わたしは男の子じゃないのでわかりませんが、例えば

いま、この目の前の女の人との、肉感たっぷりで濃厚なぶつかり稽古が待っているのはわかっているけど、ぶっちゃけそこまで好みじゃない・・けど、もうこの引くに引けない状況、わかっちゃいたけど午前2時、終電なし、よし、よし、腹をくくる、よし、、はっけよーいのこった!

 

みたいな、ちょっとゲンナリする、萎え〜的シチュエーションを想像してしまいました。。。。萎え〜。(たとえば、「try me」という作品とか。)

それくらい、女性たちが全然魅力的に描かれていないのです。

女性をぜんぜん魅力的じゃなく描いていることは、男性のこうあってほしい女性像の押し付けとかも感じないので、一緒にげんなりできて、それはそれで楽しく鑑賞できたけど。

 

じゃあ、なんでこんなにこの女の人たちはマズそうに見えるのか。

 

ここでメシマズ写真を思いだしてください。

わたしは、メシマズ写真のひとつの特徴として、至近距離でフラッシュをたいちゃったことによって、被写体のお食事がのっぺりしたり、色味が正しく出なかったりすることがあげられると思うのですが、まさに五木田さんの絵は、ブス的光源、ブス的ライティングによって描かれているように見えます。色はモノクロだからそりゃそうだけど。

 

例えばこれ。

 

f:id:yzgz:20180611075956j:plain ヒラリー?

 

光の方向や当たり方を見ると、この女性の前には暖炉のような低い位置に灯りがあって、やや下方向からのぼんやりとした光源に照らされている感じがします。

ポートレートを撮影する場合、女性を美しくしようと思ったら、一番やらないのがこの光の当て方です。

下から光を当てるとうらめしや〜感も出るし、一気におブスな印象になるから。

これがもし色のある絵だったら、暖色のおだやかな感じの灯りになるんだろうけど、モノクロの絵だと、そういうふうにもならないし、なおさら女マズ感が漂ってくる気がします。

もちろん女性を描いた絵以外にも、写ルンですのフラッシュ使ったのかな?みたいな安価な強い光で照らされたメシマズ的光源を感じる作品が多々あったように感じました。

 

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それから、メシマズ感のほかに感じた印象は、悪夢みたいだということ。

汗だくで目が醒めるような嫌〜な夢みたい。目が覚めたそのときの頭のなかにカメラをぶちこんで写真にとったらこんなふうになりそうだな、という気がします。

 

 

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あと、夢によくある登場人物がわからなくなっちゃった感じもあります。

だから、逆にわたしの知ってる誰かかも?感もある。

 

f:id:yzgz:20180611085839j:plain 田中真紀子

 

わたしはこれらの作品を、単なる「怖い絵」にとどまらない絵画作品として語る可能性としては、「悪夢を写真に撮ったような絵」に見えること、つまり写真というほかのメディアとの関わりによるところで考えていくことかな、と思いました。

 

彼の作品が写真的に見えるのは、豊かなグレーのグラデーションによる陰影の描き方によるとわたしは考えています。

これは、「怪物ような植物」という作品。

 

f:id:yzgz:20180611092655j:plain「怪物のような植物」

 

他の、人物を描いた写真とは異なり、メシマズ感は抑えめで、わたしはメイプルソープの植物の写真を思い出しました。

 

f:id:yzgz:20180611092921j:plain 怪物ぽい。

 

圧倒的階調の美しさを誇るメイプルソープの写真を思い出させられたってことは、そのグラデーションの豊かさが、五木田さんの絵画に写真らしさを与えている大きな要素のひとつなのかもしれません。

かといって、そのグラデーションが全面に展開されていないのも、五木田さんのおしゃれな部分なのでしょう。

 

わたしも、五木田さんの絵を見ていて、グラデーションが唐突にぶった切られる大胆な線にはウキウキしました。

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例えばこの絵のおっぱいの部分(なんでこれしか写真撮らなかったんだろ)、これくらいの遠目の距離で見るとすごく美しい陰影。もしかしたらこの人美女かも?くらいの感じがする。

で、そのおっぱい部分をクローズアップすると、

 

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 ものすごく唐突な線で、着ている服の存在感とプリントとおっぱいの立体感を示すグラデーションが対比されています。

こういう線や塗りの違いは近づいて見たり、遠くからみたりして改めてわかることでもあるから、そういう行ったり来たりの運動は絵を見るときの、素朴だけど楽しい経験です。

 

写真にはありえない「塗り」やマチエール、イラレやフォトショで作られたのではない”人力”グラデーションに着目して見ると、写真らしいけど写真じゃない、絵画の楽しみを実感できるかも?

  

五木田智央 PEEKABOO|東京オペラシティアートギャラリー

 

6月24日(日)までです!

またギリギリになっちゃった....!

ぜひです!!