おとといまでの私にわからせるためのブログ

写真のことと、美術のこと、あと好きなことについて。私にわかるように書いてます

現代写真「ゆらぎ」の潮流  ー 浅間国際フォトフェスティバルについて

 

こんにちは。

夏終わりましたね。

 

フジファブリックの夏の終わりの例の曲をカーステレオから流しつつ、DEATH★DRIVEブッ飛ばして浅間国際フォトフェスティバルへいってきました!

 

f:id:yzgz:20180919081416j:plain 水谷吉法がドーン!

 

長野県御代田町に新しくできる写真美術館のスタートアップイベントだったようで、今年が第1回。

 

出展アーティストは、かなりホットなラインナップで、まさに「いま(主催のアマナが発行する写真雑誌はIMAといいます)」のタイミングで見たい人たちの作品を一挙に見ることができます。

しかもタダ。タダうぇーい!

わたし個人としても、ルーカス・ブレイロック、横田大輔、小山泰介、小林健太は修士論文でも扱った写真家(アーティスト)なので、とても楽しみにしていました。

f:id:yzgz:20180919081331j:plain 小林健太いい〜〜!

 

 

さて、今回、いいな、と思ったポイントは、美術館の入り口にあった今回のフェスティバル全体を総括するようなマニフェスト的文章。

 

せっかくなので、さっそく引用させてもらいます。

 

カメラに帰れ 

Return to Camera

(略)このフェスティバルをナビゲートする一つの方法は、それぞれのケースにおける「写真的行為」を検証することです。ある時は、写真を作るのにカメラを使わないこともあります。もしくは、ストレートなストリートスナップで構成されていることあるのです。(略)

 この「写真的行為」の検証という部分、とてもいいな、と思いました。

わたしにとって写真のおもしろみは、この「写真的行為」の複雑さ、広さ、多様性(と、同時にある制約)にあるからです。

 

例えば、カメラを使うこと、暗室で作業すること、photoshopを使うこと、(人が撮った)写真を使うこと、指標的性質前回のブログ参照、写真用紙にプリントすること、写真史に配慮すること、などなどなど、「写真」と呼ばれる作品は、このような様々な手法で作られている場合があります。逆にいうと、このなかのどれかひとつを満たしているだけで「写真」とみなされている作品もあるということ。

 

なので、

「じゃあその、「写真」を「写真」にする「写真的行為」って、どんなものがあるだろう?」「この作品はこの点で「写真」って言えるかも?」「あれ、もしかして「写真的行為」って時代によって変わる?」etc...

なあんてことを考えるのが、今回のフェスティバルで見られるような新しい写真を見ることの楽しみではないでしょうか。

 

例えば、今回出展している石橋英之は(実は大学のゼミの先輩!)、絵(写真)はがきを複写し、デジタルデータにしてコラージュする「写真」を作っているアーティストで、自分で写真を撮ることはありません。

 

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 つい、「写真家」は「シャッターを押す人」とイコールに考えられがちです。そうなると、石橋英之は写真家ではないのでは?なんて思われることにもなります。

だけど、ここで、この作品の「写真的行為」を考えることが、この作品を写真フェスティバルのなかで見ることの意義になるし、「写真家」の多様なあり方を示してくれます。

 

たとえば、この作品のなかに「写真的行為」をさがすと、まず、コラージュするアイテムの選択があげられます。シャッターを押す場所を選択する、のと、どの写真を使うか選択する、のは、世界の一部分を切り取るという意味で写真的な行為な気がするし、当然、複写は写真的行為です。

それから、フォトショップなどの写真用ソフトウェアを使うことはいまや写真に欠かせないプロセスですから、ソフトウェアの使用も写真的行為といえそうです。

 

このように、被写体と向かい合う撮影の時間を重要視しなくても写真家であろうとすることは可能なのです。(本人が写真家という肩書にこだわっているかどうかは別にしてだけど。)

 

今回出展している写真家はほんとうにみんないまをときめいてます。

彼らの作品は、わたしたちが「写真」だと思っているものの観念が揺らがせてくれます。この「ゆらぎ」の感覚こそ、世界の現代写真の潮流なのですね。

 

 

さて、ここまで「これはどう写真か?」という問いを持って写真を見る「写真的行為」について思いを寄せる鑑賞方法についてお話ししてきましたが、今回の写真フェスティバルのなかで、気になってしまったのが展示方法。 

正直ノイズになっていたものもありました。

特に、写真家と建築家とのコラボレーションワークは、マジはてなワールド。。。。エンドレスなんで?????状態でした。

 

たとえば、モルテン・ランゲ(モーテン・ラング?)の「Citizen」。鳩のポートレートのシリーズです。

Mårten Lange(works より「Citizen」をご覧ください)

 

都市に住み着いて、ひとびとをうっとおしがらせる鳩ですが、顔に着目して撮影(=ポートレート)すると、個体差が際立って、ああ彼らも市民なのだ、と気づきを与えてくれる、いい写真だと思います。

普段は病気持ってるから近づいちゃだめ!とか言われてよく見ないけど首のまわりふわふわそう〜〜〜気持ちよさそ〜〜〜クルッポー☆って感じ。

 

展示の様子はこちら。

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鳩見えます?

会期も終わりに近づいてきてしまって、紙がねじれちゃったりしてるのでしょうか。。。

 

好意的に解釈して、鳩を都市から森へうつしてあげて馴染ませる、とか言えるのかもしれないけど、もはや鳩かどうかも微妙だし、ポートレートとしての写真の役割を果たすことができる展示方法ではないですよね。 

森美術館レアンドロ・エルリッヒ展がそうであったように、インスタ映えはいまや展覧会の集客手段になりつつありますし、それでお客さんが来るならそれはいいことだと思っていますが、じゃあこれ映(ば)えるか?っていってもまあ映えないし。

誰得?写真にとっても、写真家にとっても、そしてフェスティバルにとっても、鑑賞者にとっても、よい作用があるとは思えません。。。

 

同じことが、こっちの鳥にも。

www.lukestephenson.com

 

ルーク・ステファンソンの「A Incomplete Dictionary Of Show Birds」は、タイポロジーの手法(似たもの・同じ名前を持つのものを集める方法)で観賞用のショウ・バードを撮影しています。

その展示方法がこちら。

f:id:yzgz:20180919081731j:plain (わかりにくい写真ですみません)

 

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 紙を筒状に垂らして展示されているのですが、中に入って見たのが2枚目。

先程のモルテンの鳩と同じように鳥が八つ裂き状態!!キャーーー!

 

「この筒のなかに入ると、鑑賞者が鳥かごのなかに入ってしまい、逆に鳥ににらまれている気がするでしょ?

というのが、この展示方法の意図ではあるようですが、結局、像がはっきりと見えないから、うん、八つ裂きの鳥っすね。って感じだし、ぶっちゃけ八つ裂きどころじゃない。

どちらの作品も、図録を見たら実際の展示風景じゃなくて「画像はイメージです」(深い)的なCGだったから、やってみたけど、あんまりうまくいかなかったってことでしょうか。。。

 

「写真的行為」の検証という導きの、ノイズになるような展示方法は、ただでさえ「写真なの?」という困惑を招く今回の気鋭の写真展において、鑑賞者を袋小路のはてなワールドにいざなってしまいます。

ここはどこ?わたしはだれ?しゃしんってなに?ってなっちゃう。

 

たとえば、小山健輔の作品は展示方法まで含めて作品ですから、あの展示方法と作品は切り離せないものです。

 

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だけど先に書いた石橋英之の作品も風になびいていて、じっくり見るのが難しかったし、ひらひらすることで浅間山とコラボレーションしてるって意味なんだとしても、ちょっと内容と展示が少し遠い気がしました。

こんな感じで、このフェスティバルでは「展示方法と作品を切り離せないタイプの写真」と、「展示方法と作品の結びつきが薄いタイプの写真」が混濁しています。

はてなトラップ。危ないぜ!

 

ですので、これから見に行く方は、思考が迷子になったら展示方法と作品を切り離して考えてみてもいいのかも。

 

とはいえ、世界基準の現代写真を日本でまとめて展示で見ることができる機会はなかなか少ないのが現状ですから、この浅間国際フォトフェスティバルが毎年開催されるようになったら、それはすごくうれしいですし、新しい写真美術館とても楽しみです。

 

会期も残りわずかですが、いま見る価値のある写真家ばかりですので、初秋のドライブがてら、行ってみてはいかがでしょう。タダだもん!

ここまで書いてきたこと以外にも、たくさんのトピックがあって、見ると話したくなる展示であること間違いなしです。

野外展示も多いので、おしゃべりしながら見れるしね!

 

asamaphotofes.jp

 

9月30日まで。ぜひでーす!

てか、ホンマタカシは手ぇぬきすぎじゃない?そんなことない?

あと、全然関係ないけど、新潮45が超むかつく。 

 

ではまた!